礼拝での説教

「礼拝の中の説教」とは一言で言えば「良き知らせ」です。
「良き知らせ」とは「あなたは神に愛され、赦されて(ゆるされて)いる」こと。

牧師はこの「神の思い」を取り次ぎ皆さんに語りかけます。
それは「慰め」であり「励まし」であり「支え」。そして時に「戒め」です。

神の思いとは「あなたを愛している」この言葉がすべてです。
神は見ることも触れることもできません。この「言葉」として神は私たちと出会われます。

神は「今、この場」にある私たちに向かって「愛している」ことを示そうとされています。聖書の御言葉は不変です。でも今を生きる私たちに神さまは語りかけようとしています。

時代や社会、皆さんのおかれている境遇はそれぞれちがいます。
礼拝の説教とは「今、この場」に「共に招かれた」一人ひとりに語りかける神の言葉です。「あなたを愛している」と…。

礼拝は一つのドラマのように進みます。「説教」はその一部であると共に中心でもあります。説教だけを「切り取る」のではなく、「礼拝」という一つのドラマの主人公として参加して頂ければ嬉しいです。